F.シューベルト/「ロザムンデ」序曲


 フランツ・シューベルト(1797年1月31日-1828年11月19日)は、オーストリアのウィーンに生まれた作曲家である。音楽好きな父の影響で、幼い頃からピアノやヴァイオリンを弾き、早くからその類まれな楽才が認められていた。穏やかで人に愛される性格の持ち主であったと伝えられている。31歳の若さで亡くなるまで、あらゆるジャンルの曲を数多く書き、とりわけドイツ歌曲においては生前から絶大な評価を得ていた。そんなシューベルトが、オペラ・劇作品を20作近くも手がけていたことは忘れ去られている事実である。
 本日演奏する曲は、一般的には「くロザムンデ》序曲」と呼ばれ広く知られているが、元々は1820年に作られたホフマンの台本による3幕の音楽付き魔法劇〈魔法の堅琴》 D644の序曲である。劇本編は、妖精や円卓の騎士といったメルヘン的要素が盛り込まれ、夫婦の愛憎と権力への野心、堅琴の調べがもたらす愛の勝利といった内容である。この作品はわずか8回上演されただけで、レパートリーから消されてしまった。ところが序曲だけは意外な運命を辿り、今日まで頻繁に演奏され続けることになる。1823年に書かれたロマン劇《キプロス島の女王ロザムンデ》への付随音楽D797を初演する際に、序曲だけ作曲が間に合わず、《アルフォンゾとエストレッラ》 D732の序曲を転用した。その後、《魔法の竪琴》序曲の方がくロザムンデ》の序曲にふさわしいと考えられ、この曲のピアノ連弾用編曲版が「《ロザムンデ)序曲」として出版されたため、《魔法の竪琴》序曲は独り立ちし、「《ロザムンデ》序曲」の名で親しまれるようになった。《ロザムンデ》も、台本の弱さのために上演はすぐに打ち切られてしまう。しかし、シューベルトの音楽そのものは好評を博し、序曲を含めた数曲が、現在まで伝えられることとなる。
   曲は、Andante、ハ短調、4分の3拍子の序奏に始まる。冒頭の重々しい和音で「魔法」をかけられると、美しい歌謡旋律が聴こえ、途端にシューベルトの世界へと誘われる。十分に歌われた後、やがて緊張感が高まってゆき、ト音の強烈なユニゾンが鳴ると、Allegro vivace、ハ長調、2分の2拍子の主部に移る。展開部を欠くソナタ形式をとっており、第1主題は、劇中で森の狩のシーンに由来する軽快なメロディー、第2主題はゆるやかな歌謡性を持ち、リズミカルな第3主題との対比が見事。いづれの主題もシューベルトらしさ満開の、明るく親しみやすい性格を持っており、ハ長調の純粋な美しさの中で次から次へと歌い継がれていく旋律に終始魅了される。最後は、8分の6拍子のコーダで、曲を堂々と終止に導く。